霧島マナの日記 鋼鉄のガールフレンド

ケータイはこちら | サイトマップ | 中文 | English

メモ


阿知賀女子はなぜ標準語か
久しぶりの更新です。

咲-Saki-全国編」を見ていて思ったのですが、このアニメ、方言の使われ方が独特です。大阪の「姫松高校」の生徒は関西弁(らしき言葉)をしゃべるのに、同じ関西(奈良県)の「阿知賀女子」は標準語です。

福岡の「新道寺女子高校」も、奈良長野からの転入生の花田 煌(はなだ きらめ)だけは標準語、それ以外は「なんちゃって博多弁」でした。ちなみに、新道寺の子たちのアクセントは南九州のそれでした。たぶん、方言指導などが無い中で声優さん達が「九州っぽく」するために努力した結果だと思いますが、実は北部九州の方言のアクセントは基本的に標準語と同じです。

なので、博多弁のマネをするときは、単純に語尾に「~たい」や「~ばい」を付けるだけでかなりそれっぽくなります。下手に(本州人のイメージする)「九州っぽい」発音をしようとすると、薩摩弁になってしまいます。

---

それはさておき、「咲-Saki-」です。

「全国編」で言えば、鹿児島県代表の「永水女子高校」と岩手県代表の「宮守女子高校」。この2校もほぼ標準語でした。鹿児島、岩手はなまりが強い地方であるにもかかわらず、です。

恐らく、「全国編」はこの2校の回想シーンなどを多用し、視聴者に感情移入させていく構造になっていたのがその理由でしょう。聞き慣れないアクセントでしゃべる人達に感情移入できますか? できませんよね。無意識に方言キャラは異質の存在として見てしまいます。もっとはっきり言えば、方言をしゃべっている時点で敵キャラです。

永水と宮守はそんな敵キャラではなく、見ている人に「できれば勝たせてあげたい」と思わせなければいけないのですから、必然的に標準語になるわけです。

---

ただ、約一名、主人公サイドなのに方言をしゃべっているキャラいますよね。「~じゃけえのぉ」とか言う人。あの緑の髪の毛の。もしかすると、敵の回し者かもしれません(笑)
| 漫画・アニメ | 20:16 | comments (4) | trackback (0) |
麻雀の「振り込み」って英語で何て言うの?
咲-Saki-全国編」が佳境ですね。

それぞれのキャラが独自の「能力」を持つという設定、言わば「能力バトル」を受け入れることができるかどうかが、この作品を楽しむためのカギです。ちなみに、私は楽しくて仕方ありません(笑)

咲の世界における麻雀は、どうやらこちらの世界の野球のように青少年(少女)がこぞって青春を捧げる人気競技のようです。麻雀をすることに対する後ろめたさのようなものは全く感じられず、あっけらかんとしたものです。

でも、咲ばかり見ていると忘れてしまいがちですが、現実世界では麻雀は博打の一種であり、麻雀が好きだとか得意だと言ってもあまり良い顔をされません。

「涼宮ハルヒの憂鬱」第十話、孤島症候群・前編にもそんなシーンがあります。キョンの妹が不意に「振り込みって何?」と言って、みくるが苦笑します。そう、実際はこんな感じですよね。

で、思い出したのが、とあるファンサブ(ファンが勝手に作った字幕)でこのキョンの妹の台詞を"What does banking mean?"と訳していたことです。

いやあ、banking じゃないんだよなぁ(笑)

訳した人は麻雀を知らなかったんでしょうね。

では、麻雀でいう振り込み、放銃のことを英語で何というかというと、普通は"discard the wrong card"です。直訳すると、「間違ったカードを捨てる」。カードじゃなくて牌であることを強調すれば、"discard the wrong tile"ですね。

ただ、場を回すために敢えて振り込む場合だってあるので"the wrong tile"と言い切ってしまうのもためらわれます。なので、"discard a tile that is useful to somebody"の方が正確かも知れません。回りくどい言い方ですけどね。
| 漫画・アニメ | 20:11 | comments (0) | trackback (0) |
ニセコイに見るヒーローの特徴
ニセコイ」面白いですね~。ラブコメの王道という感じがします。

近年のラブコメアニメのベンチマークである(?)「スクールランブル」と比べると、人間関係はさほど錯綜しておらずシンプルな三角関係です。いかにも「少年ジャンプ」的な(スクランはマガジン)わかりやすさが良いですね。

印象的だったのが、足が攣っておぼれそうになった千棘(ちとげ)を楽(らく)が助けるエピソード。

おぼれるヒロインを助けるのは定番中の定番ではありますが、それだけに我々がどういうところにヒーローらしさを感じるかをよく物語っています。

要するに「強さ・優しさ・行動力」ですね。

特に凡人に無くてヒーローにあるのが「行動力」で、おぼれている人を見たらためらいなく飛び込むのが基本です。「どうしようかな……俺に助けられるかな……浮き輪のかわりになるものを投げたらどうだろう……それとも体にロープを巻き付けて……」などと逡巡するようではヒーローとはいえません。

言葉より行動


おぼれるのをじーっと見ていて、他の誰かが助けたあとで「大変でしたね。さぞ苦しかったことでしょう。どうぞゆっくり休んで下さい」などと「優しい」言葉をかけても気持ち悪いだけです。

逆に、真っ先に飛び込んで助けた人が「ばかやろう! 泳げねえくせに水に入るんじゃねえ!」とキツい言葉を浴びせても、それはマイナスにはならないんですよね。

大事なのは「飛び込んだか、飛び込まなかったか」です。

でも、人工呼吸はためらう(笑)


ただ、マウストゥーマウスの人工呼吸を、嬉し恥ずかしいイベントとして扱っているのはあまりいただけませんね。命がかかってるんだから、ためらいなくやるべきです。

まあ、人工呼吸をキスに準じるものとして描くのは漫画・アニメでは定番で、それに従ったまででしょうが、ちょっと陳腐じゃないかと思います。

好きと言えない


これも基本ですね。この要素がなければラブコメとは言えないわけで……。もっとも、「ニセコイ」では楽と小咲(こさき)は両思いながら言い出せない関係、楽と千棘はお互いに相手が好きなのかどうか自分でも分かっていない状態ですね。

なんにせよ、現実の世界では好きなら好きと言った方が男らしい気もしますが、フィクションの中ではどうしても好きと言えないのが「シラノ・ド・ベルジュラック」以来の伝統みたいです。
| 漫画・アニメ | 20:45 | comments (0) | trackback (0) |
ハクビシンとかイタチとか
のんのんびより」が気に入ってしまって、今、2周目です。

いくつか突っ込みどころもあります。

例えば、バスに乗り遅れるところ。「おーーい!」と声をかけながら追いかけますが、バスは行ってしまいます。普通に考えたら、田舎なら待ってくれますよね。「バスが2時間に1本しかない」ということを強調するために必要な演出だったのでしょうが、ちょっと不自然に感じました。

小鞠が、出会って間もないとはいえ、おめかしして眼鏡をかけているというだけで、蛍を蛍と気づかないのも変ですね。

それから、駄菓子屋の存在も奇妙です。駄菓子屋って、過疎の地域では真っ先に無くなりますからね。なにしろ、子供がいないわけですから。

こう言ってしまうと身も蓋もない話ですが、農村に子供の明るい声が響くこと自体がファンタジーだと言えます。

それにもかかわらず見入ってしまうのは、やはり農村が日本人の心の原風景だからでしょうね。

実際田舎に住むと退屈だろうし、不便だろうし、かわいい女の子などまったくいなくて、意地悪なジジイやババアに監視される毎日(!)かもしれませんが、想像の中ではあくまで牧歌的で甘美で、まさに「のんのんびより」みたいな世界なんですよね。

あるはずのない駄菓子屋があるのも、それが私達の郷愁をかき立てる「装置」だからに違いありません。
| 漫画・アニメ | 22:19 | comments (0) | trackback (0) |
ジャパニメーションはもっと性に開放的になるべき!
明けましておめでとうございます。

突然ですが、これからのジャパニメーションはもっと性に開放的になるべき! という話をします。

女の子の裸を見るのは重罪?


「今でも、じゅうぶん性に開放的だよ?」と思うかもしれません。確かに、エロさという意味では近年ますますエスカレートしています。

はいてないのが基本、みたいな。

ですが、よく見ると「セックスは悪いこと」、それどころか「性的に興奮するのは悪いこと」という価値観があるように思えてなりません。オタクがたいてい奥手なのも、一見エロいアニメが実は性に関して抑圧的なメッセージを発しているのが一因な気がします。

シティーハンター」を思い出して下さい。冴羽が「もっこり」すると、毎回、香に「100t ハンマー」で制裁されていましたよね。冷静に考えると、人殺しも厭わない、いやむしろそれを生業にしているような無法者が、何が悲しくて勃起しただけで制裁されないといけないのでしょう。

これすなわち、「性的に興奮するのは悪いこと」というメッセージです。

こういうアニメを見て育った青少年は、もっこりに罪悪感を抱くようになり、ひいては今日の少子化を招いているというわけです(笑)

まあ、シティーハンターの「100t ハンマー」は、香の「女房気取り」の表現でもあるので、一概には言えないかもしれません。しかし、例えば、間違って女の子の裸を見てしまった男子を、見られた当人だけではなく他の女子まで一緒になって袋だたきにするような表現、見たことありますよね。ああなると間違いなく「性的なこと」を悪とする価値観の表明に他なりません。

なぜジャパニメーションではこういった表現が多用されるのでしょうか。

ささみさん

ヒロインは神聖不可侵?


古代ローマで、アルス・アマトリア(愛の技術)という詩集を書いたために追放刑になったオヴィディウスという人は、次のように言ったそうです。

わたしが見たから? それを見たわたしの眼が罪人とでも? わたしの不注意が罪に? アテオネスは、狩の女神ディアナの裸身を、見る気もないのに見てしまった。だが、その罪で猟犬に喰い殺された。そう、神々に対しては、その神聖を犯した者は、たとえそれが無意識であっても罪をつぐなうのが決まり。許されることはないのが運命。

塩野七生「ローマ人の物語VI パクス・ロマーナ」 p310


「神々に対しては」という言葉がとても示唆的です。つまりですね、アニメで繰り返し描かれる女子の裸を見てしまった男子に対する制裁には、ヒロインたちを神に等しい存在にまで高めようという意図が隠されているのではないかと思うのです。

そろそろ別の表現が生まれても良いはず


アニメ制作者はヒロインを如何に魅力的に描くかに腐心していることでしょう。目をもの凄く大きく描くのも、頬が常に紅潮して描かれるのもそのためです。その行き着いたところが「神聖不可侵の女神」として描くことなわけです。

このように考えると、ラッキースケベ→制裁、は、ある意味、日本アニメが発明した偉大なるマンネリなのかもしれません。しかし、いいかげんこのパターンから卒業しても良いように思えます。

海外、特にアジア製のアニメもどんどん質を向上させています。21世紀を生き延びるために、ジャパニメーションはもっと性に関して開放的になるべきです!
| 漫画・アニメ | 17:15 | comments (0) | trackback (0) |
蒼アル、霧のメンタルモデルはC言語?
最近、「艦これ」が流行っていますね。

で、ふと思ったのが今アニメでやってる「蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-」とどっちが先だったんだろう、ということです。

蒼アルの原作漫画の連載開始は2009年の9月30日(ヤングキングアワーズ、11月号)、艦これの方は2013年4月23日にサービス開始ということで、蒼アルの方がかなり先なんですね。

霧のエネルギー源


アニメの8話で、主人公の群像が「霧のエネルギー源が何かはよく分からない」と言っていますから、この時点で人類にとっては不明なのでしょう。しかし、ヒントは既に出ています。



ハルナが展開する魔方陣(?)をよく見ていると、


printf("total energy |E| of helium atom (eV) ? ");


と書いてありました。なんと、霧のメンタルモデルのプログラムはC言語で書かれているようです!

そして、ヘリウム原子の全エネルギー(total energy of helium atom)、単位は電子ボルト(eV)といった記述から見て、エネルギー源はヘリウム原子の核融合ですね。

ヘリウム原子同士が核融合してベリリウム8が出来、ベリリウム8とヘリウム4が融合して炭素12が出来、炭素12とヘリウム4が融合して酸素16が出来るという反応です。

……たぶん。

軍靴の足音が!?


蒼アルでは第二次世界大戦の軍艦の名前(および姿)を持つ少女達が登場します。ガールス&パンツァーのときも思ったのですが、こういうのって「軍国主義の復活を狙ったアニメだ!」とか言って非難されないかと心配になってしまいます。

でも、よく考えたら左巻きの人って軍艦の名前なんか知らない(知ってても興味ない)だろうから、間違ってこのアニメを見てしまっても、ただのSFとしか思いませんよね。むしろ右の方から「光輝ある帝国海軍を侮辱している!」などと怒られそうですが、いまのところ大丈夫なようです。

というか、宇宙戦艦ヤマトが大丈夫だったんだから、蒼アルなんて余裕ですね。
| 漫画・アニメ | 16:18 | comments (0) | trackback (0) |


  
CALENDAR
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30   
<<   11 - 2017   >>
Pixiv
ARCHIVES
COMMENTS
TRACBACK
LINKS