-恋の空騒ぎ-
今日の5限目は数学。ただでさえお昼ご飯の後で眠いのに、 根府川先生ったらまた例の脱線話を始めるものだから、眠気はもう最高潮……。 クラスの四分の一くらいがウツラウツラと船を漕いでいる。 かく言う私もほとんど眠りかけていたのだけど、さっきから左斜め前の相田君が チラッ、チラッと何度も振り返るのが気になって目が覚めた。 思わず私も斜め後ろを振り返ってみる……と、 アスカが机に突っ伏して熟睡しているのが見えた。 もう、アスカってばスヤスヤとかわいい寝息立てちゃって。 まあ、彼女の場合、もう大学卒業しちゃってるわけだし、 中学の数学の授業なんて必要ないのかも。 ……… …… … ――放課後。 いつものように仲良しグループで一緒に下校する。 「マナ、伝言するの忘れてたわ。ミサトね、明日からニューヨークに出張なんだって。 だから、晩ご飯は二人で外で食べてきなさいってさ」 ふと思い出したようにアスカがそう言った。ちなみに私、霧島マナは、 戦自をクビになってしまった現在、葛城ミサトさん宅に居候中。 入れ替わるようにシンジはミサトさん宅を出て、今、彼はお父さんと一緒に住んでいる。 「そうなんだ……。何食べに行こうか? あ、そだ。シンジも一緒に行こうよ」 「うーん、どうしようかなぁ……」 思案顔のシンジに、 「アンタが来るのはもう既定事項よ」 アスカがぴしゃりと言う。 「シンジばっかりええのぉ。ワイらもたまにはお相伴にあずかりたいのぉ、な、ケンスケ」 「そうだね」 「誰があんたたちなんかと……」 そう言いかけたアスカを 「そう言わずにみんなで行こうよ。僕も男一人じゃ行きにくいし」 シンジが取りなす。 「……仕方ない、アンタたちもオマケで連れってってやるわ。ただし、割り勘よ」 「よし、もうこうなったら全員で行こうよ。綾波さんもヒカリちゃんも、ね?」
――というわけで、みんなでお食事に行くことに。 「で、お店、どこにしよっか?」 「お好み焼きの『ひさご』なんかどや?」 との、鈴原君の提案は、 「イヤよ。晩ご飯にお好み焼きなんてありえないわ」 アスカに即却下されてしまった。 「じゃ、『仙石庵』なんかどうかな」 と、シンジ。 「それって蕎麦屋でしょ。なんか淡泊〜って感じ。アタシ、『網焼亭』がいい」 「あそこはダメだよ。綾波が………」 そう、網焼亭はその名の通り網焼きの焼き肉屋さん。 肉嫌いの綾波さんが行くはずもない、のだけど……。 「『網焼亭』でいいわ……」 綾波さんが静かに言った。―――あれれ? 「でも、焼き肉屋だよ。大丈夫なの、綾波?」 心配そうなシンジ。ちょっと妬けちゃうな。 けど、綾波さんが焼き肉屋さんに行くなんて意外。 言い出しっぺのアスカまで不思議そうな顔してるし。 彼女は、みんなの「本当に焼き肉でいいの?」という視線に答えて付け加えた。 「焼きタマネギ、好きだもの……」
――翌日の夕方、焼き肉・網焼亭。 座敷に設けられた大きなテーブルを囲んで、女の子4人 (アスカ、綾波さん、ヒカリちゃん、それに私)と、 男の子3人(シンジ、鈴原君、相田君)がそれぞれかたまって向かい合っている。 「シンジ、それもう焼けてるで。 オイ、霧島、それまだ生焼けやんけ。そないなの食ったら腹に虫が湧くで」 ………御奉行様発見。うるさいなぁ、もう。 「あれ、ケンスケ、いつもとメガネが違うね」 あ、ほんとだ。さすが、シンジ。 「ああ、これは古いやつなんだ。いつものが壊れたんでね」 と、相田君。 「へー。あ、でも、そのメガネ、格好いいよ♪」 少し見え透いたお世辞だけど、なんとか場を和ませようとする。それなのに、 「惣流、そないに肉ばっかり食いなや。肉・野菜とバランス良くやなあ」 なおも焼き肉奉行を続けるジャージ男。 「野菜はファーストのためにとっておいてやってるのよ」 綾波さんは、良く焼けたピーマンを口に運びながらコクコクと頷いている。かわいい人。 ところで、さっきから相田君がアスカをチラ見してはサッと目を伏せてるけど。 そう言えば、彼、昨日も教室でアスカのこと見てたっけ。ん? ……まさか!? うーむ、相田君とアスカか……。 アスカって超モテモテだし、いわゆる「高嶺の花」よね。 相田君が、見つめてるだけで声を掛けられないのも分かる気がする。 なにより、アスカにはシンジという本命がいるわけで……。 でも、もし万が一相田君とアスカがくっつけば、シンジがフリーに! ……とヨコシマな考えが涌いてくる。
いや、でも待って。もう一人の強敵、綾波さんがいるんだった。 うむむ……。 ま、あまり思い悩んでも仕方がない。 とりあえず、「相田君を応援する」という腹積もりでいることにしよっと。 かなり無理っぽいけどね……。 さて、みんな未成年でお酒は飲めないし、育ち盛りだしで、 食べるのが速い、速い。焼き肉12人前がみるみる無くなって、 そろそろお開きということになった。 それぞれ帰る方向が違うので網焼亭の前で解散。 「ジャージはヒカリを送って帰りなさい」 「ん、あぁ、せやな。よっしゃ、委員長、帰ろか」 「…………」 恥ずかしそうに俯きながら、かすかに首を縦に振るヒカリちゃん。いいなぁ。 シンジは綾波さんを送って帰ることに。またもやちょっと妬けちゃうけど、 綾波さんを一人で帰すわけにもいかないし、仕方ないかな。 「じゃ、明日また学校でね」 ……… …… …
「あーあ、食べ過ぎちゃった〜」 アスカがお腹をなでなでしながら言う。 「うん、ヘルスメーターが怖いよ〜」 「……ヘルスメーターって何? (※)」 「んと……体重を計るやつ」 「ああ、Der Zeiger der Personenwaage... ま、アタシは太らない体質だから全然怖くないけどね♪」 「いいなぁー」 そんな風に語らいながら二人で夜道を歩いて帰る。 使徒迎撃用に急造された第三新東京市は慢性的な電力不足で、 繁華街はまだしも、住宅地は街灯も少なくかなり薄暗い。 その中でもひときわ暗い公園裏の通りまでさしかかったとき、 なんだか私たちをつけてくる足音が聞こえるような気がした。 振り返ると、後方約10メートルくらいのところに怪しい人影が……。 「誰っ!?」 ※ ヘルスメーターは和製英語
「――お、俺だよ………」 それは、相田君だった。 もしかして、アスカを追いかけてきちゃったの? ダメだよ……それじゃまるでストーカーみたいじゃない。 「何の用?」 案の定、アスカはちょっと険を含んだ声で問いただした。 マズいなぁ。「アスカx相田君♥ラブラブ計画」が早くも暗礁に。 でも、ここまで来たらもう告るしかないよ、相田君! 邪魔者は退散、とばかりに 「わ、私、先に帰ってるね…………」 と言いかけると、 「あの……俺、霧島と二人だけで話したいことがあるんだけど」 ………へ? 私? よく事態が飲み込めないけど、とりあえずアスカには先に帰ってもらって、 相田君の話を聞くことにする。 もしかすると、アスカになにか伝えて欲しいってことかもしれないし。 しかし、彼の話はそんな私の予想を裏切るものだった。
「俺、どうしても知りたいんだ……。 戦自のF-X(次期戦闘機導入計画)ってさ……」 「ちょ、ちょっと待って。話って、F-X のこと?」 「そうだよ」 「昨日からアスカのことチラチラ見てたのは何だったの?」 「惣流なんか見てないさ。あ、そうか…… 俺、斜視入ってるからこの古いメガネだとちょっとヤブニラミ気味かもな」 ってことは、相田君が見てたのは私? しかも、好きとかじゃなくて単に軍事オタク的知識欲を満たしたかっただけ? うー、がっくり。 ……… …… … ――翌日、学校。 「聞いたわよ。霧島さん、相田から告白されたんだって?」 「ち、ちが〜〜〜う!!」 クラス中噂でもちきり……。私は否定するのに一苦労だった。 むぅー、アスカめ……。それに、相田君も相田君だよ。 夜道で呼び止めて「二人だけで話したい」なんて言ったら、誤解されて当然だし。 もしかして、アスカに相田君をおしつけようとしたバツかな? それにしても、逆に私が相田君をおしつけられてしまうとは。 人を呪わば穴二つ、ね。 ……って、相田君を「呪い」扱いするのはちょっとひどいよね。ごめんね! (了)