-外伝(2)-
今日はミサトさんとアスカと私の三人で美容院に行った。 別に学校で保護者面談があるとか、ミサトさんの友達の結婚式だとか、 そういう特別なイベントがあるわけじゃないんだけど、その、気分転換に。 三人してシャンプー台に寝っ転がっていると、初老の紳士がこちらに会釈してきた。 「あのオジサマ、ミサトの知り合い?」 「ま、ちょっちね」 「なになに? どういう関係? ミサトもやっと加持さんのこと諦めて、 あのオジサマとお付き合いしてるとか?」 興味津々のアスカ。 「そんなんじゃないわよ。碁会所で何度か会ったことあるくらいね」 「なーんだ。でもミサト、碁会所とか行ってるの? オヤジくさーい」 「失礼ね。碁って麻雀と違って運任せじゃないから知恵一つで儲かってラクだし、 それに、碁会所には女の子少ないからモテるのよ」 へー、そうなんだ。 ってか、ミサトさん、麻雀だけじゃなくて賭碁にまで手を広げてたんだね…… 確かに、ミサトさんって頭いいから、荒稼ぎできそう。 ……… …… … 途中でヒカリちゃんの家に遊びに行くというアスカと別れ、 マンションに帰り着くと、玄関の前で怖そうな感じのお兄さんが煙草をふかせていた。 年の頃なら24〜5歳。見るからにヤクザっぽい。 もしかして、賭碁のトラブル?
「葛城ミサトさんちゅうのはアンタか」 「ボウヤ、誰?」 「誰がボウヤじゃ、ワレェ! おう、借りた金、返してもらおうか」 「あんたなんかにお金借りてないわよ」 「トボけるなッ! 新東京ファイナンスさんで借りたじゃろうが! ワシら信州川中組が債権譲り受けたんじゃ。さぁさぁ、元利あわせて800万円、 とっとと返さんかい! それとも、簡単に稼げるトコロ紹介したろか?」 どうやら、賭碁は関係ないらしい。 「あー、思い出したわ。そう言えば、アルビーヌ買ったときそこで借りたわね。 自動車ローンの審査落ちちゃって……。 ……でも、債権者からの通知がないから、悪いけど、帰って」 「はぁ?」 「通知よ、通知。あんた、借金取りのクセにそんなことも知らないの? 民法467条『指名債権ノ譲渡ハ譲渡人カ之ヲ債務者ニ通知シ又ハ債務者カ之ヲ承諾スルニ非サレハ 之ヲ以テ債務者其他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ス』 常識でしょ」 「ちょ、ちょっと待てい。アンタが承諾すりゃええんとちゃうんかい」 「だって、承諾しないもの。さ、帰って」 「う、ぐ……。このアマ、下手に出てやりゃつけあがりやがって! 通知もヘチマもあるかいッ! 大人しく金返さんと、痛い目見るでェ!」 うぅ、怖いよう………。 しかし、ミサトさんは全く動じず、 「あら、脅迫するの? いい度胸ね」 と言いながら、ハンドバッグから愛用のブローニングを取り出して借金取りの顎に押し当てると、 カチリ、と撃鉄を起こした。
「く……、チャカが怖くてヤクザができるかい……。 そ、それに、こないなことするとアンタの方が逆に脅迫でパクられてまうで……」 借金取りのお兄さんが、明らかにビビりながら言う。 「そうね。でも、ボウヤ、『死人に口なし』って言葉知ってる? 怖いわね〜、銃の暴発って」 「き、今日のところはこのくらいで勘弁しといたる。ええか、か、返さんと承知せぇへんでェ」 借金取りは、しどろもどろの捨て台詞を残して逃げていった。 ……… …… … ―――数日後。 リツコさんと飲みに行って帰ってきたミサトさんが、妙にさっぱりした顔をしている。 「あれ、何かいいことあったんですか?」 「ふふーん、ちょっちねー。この間の借金ね、棒引きにしてもらっちゃった♥」 「ま、まさか、また拳銃で脅したんじゃ……」 「そんなことしないわよ。あのね、 たまたま飲み屋で信州川中組の組長さんに会ってね……、 あ、そうそう、マナちゃんも会ったことあるじゃない。こないだ美容院に居た人よん。 なーんか意気投合しちゃってさ。『今度、ワシの邸に碁を打ちに来なさい』だって♪」 あのオジサマがこないだの借金取りの親分だったの? ってか、そんな人と意気投合って………。 うーむ、何だか危険な香りが漂ってるよ、ミサトさん。 いや、これからは姐さんとお呼びした方がいいのかな…………。