霧島マナの日記 鋼鉄のガールフレンド

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メモ


ジャパニメーションはもっと性に開放的になるべき!
明けましておめでとうございます。

突然ですが、これからのジャパニメーションはもっと性に開放的になるべき! という話をします。

女の子の裸を見るのは重罪?


「今でも、じゅうぶん性に開放的だよ?」と思うかもしれません。確かに、エロさという意味では近年ますますエスカレートしています。

はいてないのが基本、みたいな。

ですが、よく見ると「セックスは悪いこと」、それどころか「性的に興奮するのは悪いこと」という価値観があるように思えてなりません。オタクがたいてい奥手なのも、一見エロいアニメが実は性に関して抑圧的なメッセージを発しているのが一因な気がします。

シティーハンター」を思い出して下さい。冴羽が「もっこり」すると、毎回、香に「100t ハンマー」で制裁されていましたよね。冷静に考えると、人殺しも厭わない、いやむしろそれを生業にしているような無法者が、何が悲しくて勃起しただけで制裁されないといけないのでしょう。

これすなわち、「性的に興奮するのは悪いこと」というメッセージです。

こういうアニメを見て育った青少年は、もっこりに罪悪感を抱くようになり、ひいては今日の少子化を招いているというわけです(笑)

まあ、シティーハンターの「100t ハンマー」は、香の「女房気取り」の表現でもあるので、一概には言えないかもしれません。しかし、例えば、間違って女の子の裸を見てしまった男子を、見られた当人だけではなく他の女子まで一緒になって袋だたきにするような表現、見たことありますよね。ああなると間違いなく「性的なこと」を悪とする価値観の表明に他なりません。

なぜジャパニメーションではこういった表現が多用されるのでしょうか。

ささみさん

ヒロインは神聖不可侵?


古代ローマで、アルス・アマトリア(愛の技術)という詩集を書いたために追放刑になったオヴィディウスという人は、次のように言ったそうです。

わたしが見たから? それを見たわたしの眼が罪人とでも? わたしの不注意が罪に? アテオネスは、狩の女神ディアナの裸身を、見る気もないのに見てしまった。だが、その罪で猟犬に喰い殺された。そう、神々に対しては、その神聖を犯した者は、たとえそれが無意識であっても罪をつぐなうのが決まり。許されることはないのが運命。

塩野七生「ローマ人の物語VI パクス・ロマーナ」 p310


「神々に対しては」という言葉がとても示唆的です。つまりですね、アニメで繰り返し描かれる女子の裸を見てしまった男子に対する制裁には、ヒロインたちを神に等しい存在にまで高めようという意図が隠されているのではないかと思うのです。

そろそろ別の表現が生まれても良いはず


アニメ制作者はヒロインを如何に魅力的に描くかに腐心していることでしょう。目をもの凄く大きく描くのも、頬が常に紅潮して描かれるのもそのためです。その行き着いたところが「神聖不可侵の女神」として描くことなわけです。

このように考えると、ラッキースケベ→制裁、は、ある意味、日本アニメが発明した偉大なるマンネリなのかもしれません。しかし、いいかげんこのパターンから卒業しても良いように思えます。

海外、特にアジア製のアニメもどんどん質を向上させています。21世紀を生き延びるために、ジャパニメーションはもっと性に関して開放的になるべきです!
| 漫画・アニメ | 17:15 | comments (0) | trackback (0) |
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