霧島マナの日記 鋼鉄のガールフレンド

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メモ


続・世紀末オカルト学院のナゾ
前にも取り上げましたが、「世紀末オカルト学院」は、去年やっていた中でもかなり面白いアニメでした。オープニングをよく見ていると、2012から1999へと数字が巻き戻る描写があります。作品の中で「ノストラダムスの大予言」を扱っているので、1999年が舞台となるのは当然ですが、もう一つの舞台が、放送のあっていた2010年ではなく2012年というのが興味深いです。



聞くところによると、2012年人類滅亡説というものがあるそうで、マヤの暦が2012年で一区切りとなることを根拠としているそうです。放送時は気がつきませんでしたが、このアニメのヒロインの名前がマヤであり、第一話のタイトルも「マヤの予言」となっていることから、2012年はそれを踏まえた上での設定なのかも知れません。

世紀末


ところで、ノストラダムスのことは一旦忘れて「世紀末」について考えてみます。21世紀は2001年から始まるので、2000年も十分「世紀末」、というか2000年こそが本当の「世紀末」なのですが、このアニメもそうであるように、「世紀末」というと1999年が好んで取り上げられます。
確かに、1999から2000への「繰り上がり感(?)」が、「新しい世紀の始まりだ!」みたいな気分を巻き起こす(本当は違うけど)ので、世紀末としては2000年より1999年の方がそれっぽい感じがしますよね。

0から始まるか、1から始まるか


話は飛びますが、昔、私にプログラミングを教えてくれた人がこんなことを言っていました。「配列を作るときは array[ 0 ] を捨てて array[ 1 ] から始めるようにすると良い」。
こうすると、要素数と配列末尾の添字が一致するので分かりやすいと言うのです。でも、どうなんでしょう。みんながそうしているわけではないので、逆に混乱の元のような気がします。

それに、ここからが核心ですが、要素数を除数として剰余を取ると、0から始まっている場合は常に「剰余 = 添字」となるのに比べて、1から始まっている場合は必ずしもそうならず、不便です。
やっぱり0から始まっている方が合理的なようです。

西暦は数え年


西暦にも同じことが言えます。キリストが生まれた年を0年としておけば良かったのでしょうが、1年としてしまったのでいろいろと面倒が起きるわけですね。いまだに「満」じゃなくて、「数え」でやってるようなものです。もし、0年を導入すれば「100で割り切れる年が世紀の初めである」と、非常に簡潔に定義できます。実際、天文学などの分野では紀元1年の前年(つまり紀元前1年)を0年として計算します。

ちなみに、マヤ歴はちゃんと0年から始まっているそうです。


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